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2006年09月27日

テニスの話題あれこれ

テニスについての話題を世界の四大大会を始め、ルールやランキング、有名選手招介など、テニスについていろいろ語ります。



テニスの大会のいろいろ


 テニスの大会といったらば、やはり四大大会ですかね。
全豪オープン・全仏オープン・ウィンブルドン・全米オープンが有名ですね。

 全豪オープンは大会は、オーストラリアのメルボルン・パークで毎年1月に
行われるテニス大会ですね。

 今年、2006年のシングルスの優勝者は、ロジャー・フェデラーと
アメリ・モレスモでしたね。

 全仏オープン大会、こらは毎年5月から6月にかけて開催されていて、
パリのローラン・ギャロス・スタジアムで行われているテニス大会です。

 今年、2006年のシングルス優勝者は、ラファエル・ナダルと
ジュスティーヌ・エナン=アーデンでしたね。

 ウィンブルドン選手権は、毎年6月から7月にかけて行われている、
もっとも有名なテニス大会の名称です。

 イギリスのウィンブルドンのオールイングランド・ローンテニス・
アンド・クローケー・クラブで行われ、全英オープンとも呼ばれています。

 この大会は129年の歴史をほこり、芝の上でおこなう、文字どおりの
ローン(芝生)テニス大会の最高峰といえるでしょう。

 最近では、審判の新制服も注目を集めていますね。

 今年、2006年のシングルス優勝者は、ロジャー・フェデラーと
アメリ・モレスモでしたね。

 全米オープンは、ニューヨーク市郊外のフラッシング・メドウの
USTAナショナルテニスセンターで、毎年8月に行われています。
ウィンブルドンに次いで歴史が古く、観客動員数・賞金総額において
世界最大規模のテニス大会です。シングルス優勝賞金はなんと1億4000万円も
もらえるんです。


 テニス界でのグランドスラムといえば、これらのテニスの四大大会に
すべて優勝することを指します。

 世間のテニスの大会には、アマチュアからプロテニスまで、様々なものが
ありますね。

 全国小学生テニス選手権や、全国中学生テニス選手権に、全日本学生テニス選手権、
全日本テニス選手権と、全日本実業団対抗テニスに、ねんりんピック、などなど、
子供から大人の大会まで、一度はどこかで聞いたことのあるような、大会が
たくさん開かれています。

 乳がん早期発見啓発キャンペーンである「ピンクリボンレディーステニス全国大会」
というのもありますね。

 国際的に注目を集めるテニスの大会は、男子のデビスカップ、女子のフェドカップなど
が有名です。オリンピックや、ユニバーシアードも注目を集める大会です。

 パラリンピックの車いすテニスなど、競技用車いすを使ったテニス大会や、
視覚ハンディキャップテニス大会など、障害者によるテニス大会も広まっています。


ソフトテニスとは


 ソフトテニスというのは、軟式テニスとも呼ばれていたこともある、ゴムボールを
使用した、いわゆるテニス(硬式テニス)に似たスポーツです。

 ソフトテニスは、じつは日本生まれのスポーツです。明治17年、当時は消耗品で
あるテニスの硬球が輸入難だったことから、ドイツ製のゴムボールを使用した球技が
考案されたことが始まりです。

 最近では、日本やアジア、太平洋諸地域でも人気があり、ヨーロッパでも広まっています。

 ボールは、6.6cmの白や黄色のゴムボールが使われており、ラケットは69cmで、
テニスのものよりかなり軽量ですね。

 ソフトテニスの日本の大会としては、天皇賜杯・皇后賜杯全日本選手権大会をはじめ、
国民体育大会や全日本選手権大会などがあります。小学生大会から、全日本シニア選手権と
いうのもあり、子供からお年寄りまで楽しめるスポーツです。


ソフトテニスの歴史

 ソフトテニスの始まりは、1884年に、最初の日本人体操教師である坪井玄道(つぼいげんどう)
が、ゴムボールでするテニスを考案したのが起こりとされています。
坪井玄道のゴムボールによるローンテニスの指導によって、ソフトテニスが広まることになりました。

 最初のソフトテニスのルールがつくられたのは、1904年のことです。

 大学でのテニスは硬式へと移行したものの、社会人や女性によって、ソフトテニスが
人気を得ます。

 日本軟球協会が1924年、日本軟式庭球連盟が1926年に設立され、両者は1928年に統一されたのち、
1933年には日本軟式庭球連盟として再スタートします。

 第二次世界大戦中は物資がとぼしく、ソフトテニス界は低迷したものの、戦後の復興とともに、
ソフトテニスも盛んになってきます。

 伝統ある国産スポーツの中のひとつであり、全国の愛好家は700万人ともいわれています。
学校の部活としても、ソフトテニス部(軟式テニス部)は長い歴史を誇っています。


 ソフトテニスは、昔は軟式テニスと呼ばれていましたが、1992年に、ルールの改定にともない、
呼び名が変更されました。また、ダブルスが主流でしたが、1993年には、シングルスも
正式に導入されました。

 ですが今では、アジアを中心に、ソフトテニスの国際大会も開かれるようになっています。


テニスのルール

テニスのルールはよくわかりにくいという声をよくききます。
テニスのルールを簡単にうと、ネットをはさんで、ラケットでボールを決められた区画内で
打ち合うだけというものです。
ひらたくいえば、プレイヤーとプレーヤー同士のサーブとレシーブの打ち合いです。
 また大きく分けて一対一と2対2で競技をする、シングルス・ダブルス別に試合があります。
もっと細かく言えば、テニスはシングルス、同性ペアのダブルス、男女ペアの混合ダブルスの
3つの試合の種類にわかれます。
 テニスのルールでは、コートの種類は、クレーコート、グラスコート、オムニコート、
ハードコート、室内コートのだいたい5つが一般的で、平坦で一定の広さがあればどこでも
楽しむことができます。

 縦幅23.77m、横幅8.23mで、ダブルス用にはさらにアレー幅がつきます。

 得点の数え方は、テニスのルール独特のものであり、0ポイント(点)がラブ、
1ポイントがフィフティーン、2ポイントがサーティ、3ポイントがフォーティといった具合に、
1プレーに勝てば1ポイントの得点となります。

 テニスのルールでは、4ポイント取ると1ゲーム取ったことになり、それを6ゲーム取ると
1セット取ったことになります。
しかしどちらも3ポイントずつのデュースになると、2ポイント差がつくまでおこないます。
 3セットマッチの試合では、先に2セット、5セットマッチの試合では、先に3セット取ると
勝ちが確定します。

 サーブの打ち方、レシーブの返し方、失点・得点のカウントも、テニスならではの
独自のルールがありますね。



テニスの歴史


 テニスの歴史をさかのぼると、紀元前15世紀ごろのエジプトの壁画に
源流を確認することができるといわれています。
今から4000年前のエジプトには、ボールや今のラケットに似たものがあった
と考えられています。

 この昔のテニスといわれる球技は、古代ローマ帝国でもおこなわれてい
たようです。

 8世紀フランスでは、ラ・ソーユと呼ばれる球技が起こり、11世紀以降、
中世フランスの修道院では、「ジュ・ド・ポーム(手のひらゲーム)」という、
文字どおりの手のひらを使ったゲームがはやりました。

 イスラム教徒が宗教的行為としておこなっていたものを、キリスト教徒が
まねをしたといわれています。

 その頃は、手のひらや手袋でボールを打ち合っており、現在のラケットの
原型が登場したのは、14世紀のイタリアだったといわれています。

 テニスの初の国際大会は、1505年に開催されたと記録されています。

 ヴェルサイユ宮殿にはテニスコートがあり、フランス革命直前の
1789年6月20日の「テニスコートの誓い」は、歴史的に有名な事件として
広く知られていますね。

 現在のような形のテニスの歴史は、1873年12月、イギリスのウォルター・
クロプトン・ウイングフィールド少佐が「ローンテニス」というパンフレットを
作成・発表したことに由来します。彼は、1874年2月23日、このゲームに
3年の特許を取り、テニス用具セットも販売しました。
ずいぶんとテニスで儲けたのでしょうね。

 その後またたく間に広まったローンテニスの競技は、改良が加えられて、
1877年には、第1回ウィンブルドンテニス大会が開催されました。

 その後、1881年に全米のシングルス選手権、1891年には、フランス選手権、
1905年にはオーストラレーシア選手権が開催され、世界的な競技となっています。


テニスの歴史に残るプレーヤー


 テニスの歴史に残るプレーヤーといえば、なんといってもドイツの
シュテフィ・グラフ選手でしょう。

 1988年、テニス四大大会のほか、オリンピックでも金メダルを獲得し、
ゴールデン・スラムと呼ばれる偉業をもなしとげました。

 年間グランドスラム(テニス四大大会優勝)を最初になしとげた男子
プレーヤーは、1938年のドン・バッジです。
女子では、1953年のモーリーン・コノリーです。
どちらもアメリカの選手で、テニスの歴史に名の残る業績を残しています。

 国際テニス殿堂入りをした、ビョルン・ボルグや、ジョン・マッケンロー
なども覚えている人もたくさんいるでしょう。

 日本のテニスの歴史に残るプレーヤーといえば、1920年(大正9年)に
アントワープ五輪で銀となった熊谷一弥(くまがい・いちや)がいます。

 佐藤次郎は、1933(昭和8)年、世界ランキング3位に認定されています。

 伊達公子(だて・きみこ)も世界で記録を残したのは記憶に新しいところで、
シュテフィ・グラフとの激戦など、日本のテニスの歴史に名を残すプレーヤーで
すね。

テニスのランキング

 テニスのランキングは、ATP(男子プロテニス協会)・WTA(世界女子プロテニス協会)
が、各大会ごとに決められたポイントの獲得をもとに、決定しています。どちらも、1975年から、
コンピュータランキングを導入しています。

 テニスのランキング発表は、1週間ごとにあります。ということは、毎週世界のどこかで
行われている試合に参加しなければ、ランキングが上がらないということになります。
とはいえ、ポイントを獲得できる大会数は限られているため、大きな大会でポイントを上げる
ことが、ランキングを上げることにつながるといいます。


 テニスの世界ランキング1位最長保持記録者は、男子では286週のピート・サンプラス、
女子では377週のシュテフィ・グラフがトップです。

 男子歴代2位は、イワン・レンドルの279週、男子歴代3位は、ジミー・コナーズの
268週。1年は52週なので、シュテフィ・グラフの記録がケタ違いのランキングである
ことがわかります。


 日本男子テニス界では、1933(昭和8)年に世界ランキング3位に認定された佐藤次郎が
トップです。この当時の世界ランキングは、イギリスの批評家が選ぶといったものでした。

 日本女子テニス界で世界ランキングトップは、伊達公子です。1994年、WTA世界
ランキング9位に入り、翌年4位を記録しました。

 日本テニス界では、その後、佐藤次郎の記録も伊達公子の記録も、いまだに破られないです。

 1998年、マルセロ・リオスが、南米(チリ)の男子テニス選手として初の世界ランキング1位。
グスタボ・クエルテンは、2000年、南米(ブラジル)のテニスプレーヤーとして、初の年間
最終ランキング1位を記録。


 2002年2月、黒人女子テニスプレーヤーとして初の世界ランキング1位となったのは、
ヴィーナス・ウィリアムズです。

 2004年9月、フランス女子テニス界で、初めて世界ランキング1位を記録したのは、
アメリ・モレスモです。

 2005年、ロシア人の女子テニスプレーヤーで、初の世界ランキング1位となったのは、
マリア・シャラポワです。シャラポワはテニス以外にもその美貌で話題を呼んでいますね。

 史上最年少で世界ランキング1位になったのは、マルチナ・ヒンギスです。
16歳6ヶ月のときでした。モニカ・セレシュは17歳3ヶ月9日で達成。
トレーシー・オースチンは17歳3ヶ月26日、マリア・シャラポワは、史上5番目の
18歳4ヶ月で1位となりました。
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